みつまるライフ

福祉業界の資格や経験談、趣味や日常の出来事をご紹介★

MENU

久々に看取って感じたことを

経緯

前半

時刻は0時半を過ぎた頃。

利用者の大半は眠りについている。

普段は騒がしい館内もこの時だけは静寂だけがこだましており、まるで別世界。

 

朝方から布団に潜り込み、半強制的に脳に体力を蓄える為に夕方まで寝る。

夕方から翌朝までが夜勤業務。

この生活を続けて月日は丁度10年程か。

身体のサイクルも3交代制のリズムが馴染んでしまい、時に業務のシビアさも麻痺する事も。

 

決まった時間に就寝前薬を配り、

決まった時間に排泄ケアを行い、

決まった時間に巡視を済ませる。

普段と代わり映えのない一夜がこうして過ぎてゆく。

 

さて。

代わり映えがあるとすれば、利用者の状態によりその業務に求められる時間・速度・段取りが左右されること。

そして今回の夜勤は、とある利用者が主役となる。

 

絶食の指示が出て数週間。

点滴中止の指示が出て1週間。

呼吸状態に力強さがなくなり数日。

 

この利用者を仮にAさんと呼ぶ事にしよう。

 

私の関わって来た限りでは、このAさんは暴言・暴力は挨拶代わり。

食事は自分では取れず、介助をするも開口しない。

時に感情に任せて介護抵抗を繰り返す。

良い表現をすれば『元気』なAさんだが、寄る年波には敵わない。

ここ数日間で着実にその寿命は縮まっている事は誰の眼からも明らか。

俗に言う『秒読み段階』だ。

 

やれやれ。

こんな場合、平和な夜勤が一変する。

何故なら私は『引き』が強いから。

この仕事を始めたての頃、今でも師と仰ぐ人からこんな話を聞かされた。

 

利用者さんは職員を選んで死んでいく。

それは信用・安心できる職員だからこそ。

人の最期に立ち会える事は幸せなこと。

 

この業界は綺麗事や戯れ言で構成されている。

いつしかそんな思考が自分を支配する様になった。

 

誰しもが一度は口にする台詞で

『今日だけは頑張って』

というものがある。

 

今日だけて何やねん。

ほな明日やったら死んでえぇんかい。

 

そんな想いがあったのも過去の話。

今は淡々と業務をこなしている。

人の生死に対して興味を失ってしまったのか忘れてしまったのか定かではないが、ルーチンワークとも言える機械的な介護をそんな状況下であってもスタンスは変える事はない。

 

日付が変わる丁度0時。

Aさんの呼吸は相変わらず極めて弱い。

体温は38℃を超え、血圧は測定不能が頻回、血中酸素の測定値も最早信用できない。

 

あぁ、今晩やな。

 

他人に心底興味を失っているお陰で、特に慌てふためく事や不安を感じる事もなかった。

時が来れば上司に連絡。

看取るどころか、それは処理の感覚に近かった。

こんな介護福祉士が世の中に放し飼いにされていると考えると、業界の未来もへったくれもない。

そんな事を考えながら、Aさんの元を離れ業務に戻る。

後半 

とまぁ、例のごとく前置きが長くなったが本題へ。

時刻は0時半を過ぎた。

Aさんの居室に再度訪室する。

 

あぁ、やっぱりな。

 

目視では呼吸が確認出来なかった。

手足の力は抜け、意図も簡単に捕まえる事ができる。

開眼こそしているが、その瞳は天井をじっと見つめたまま。

 

頭を掻きながら申し訳程度に『お疲れさん。よぉ頑張ったねぇ。』と声を掛けながら、人から物となっている事を念入りに確認する。

 

確認終了。

ここでも実に形式的に合掌し、一礼をする。

我ながら嫌な人間に仕上がってしまったものだ。

ため息混じりに上司の電話番号をプッシュ。

あとは受話器から上司の声が聞こえたら、

『Aさんの呼吸の確認ができなくなりました。』

この一言でとりあえず一段落。

 

繋がった。

『遅くにすみません、Aさん、、、』

 

言葉に詰まった。

強い何かが込み上げて来る。

時間にしてものの数秒。

必死にその何かを押さえつけ、

『Aさん、呼吸が』

その時点で私の何かを察したのか、重ねる様に上司は

『今から行きますね。』

 

何はともあれ、これで一段落。

 

自分があの台詞に強い抵抗を感じたのは何故か。

何故に、あのたった一言が言えなかったのか。

あの場面で、あの言葉が出て来なかったのは自分が何かに支配されたから。

感じたこと

言葉には強い力がある

命の尊さ云々といった綺麗事を述べる気はない。

しかしながら生きている我々にとって、人の死は相反するものであって、何より距離があるもの。

今回の場合、人が物に変わり果てた場面に直面し、その状況下で冷静に事実を伝えること。伝える為に言葉を発すること。

これが中々のストレスだった。 

自分の介護感への後悔

もっと◯◯できたのではないか?

もう少し◯◯だったら良かったのではないか?

 

経緯から感じ取れる様にこれだけ杜撰な介護を続けていても、いよいよ、といった場面に出くわすと 、こんな考えが頭を過ぎる。

これは単に偽善者でいたいだけなのか、それとも大切な何かをまだ失っていなかったのか。

それとも自ら忘れようとしていたのか。

 

どの表現が自分に当てはまるのかは定かではないが、仕事の対象であった人がご逝去されて初めて我に返る。

歩み寄る事、それは足りない事はあってもやりすぎる事はない。 

されど想いは劣化する

後悔の念は時間の経過と共に確実に劣化する。

実際にこの記事を書いたのは、事が起こって約半月後。

次第にAさんの事は単なる過去の人として自分の中で処理されてしまっている。

当時、あぁしよう、こうしようと考えを巡らせたのも過去の出来事。

何かを学習し、次に活かす為に準備する、といった事もなく。

看取りケアを行ったのではなく、単に現場にいただけ。

最後に

他人の死から学ぶ事は多い、と言う人がいる。

そこから吸収する内容は人により異なるし、そもそも吸収するにはそれぞれタイミングもある。

経験年数に差はあれど、いや、たとえ経験年数が同じであったとしても、物事に対して向き合ってきた時間や質はそれぞれ異なる。

  • 現状を理解し、根拠に基づき次の段階を予測する。
  • 想定外の事であっても『外』の部分まで予測し準備する。
  • もしもの時の動線のイメージをする。

 ざっくりとでも良い。

これらをイメージし続ける事が身体介護には求められるのではないだろうか。

 

 

 

 

<